年上妻と年下夫。別居から幸せへのデス・ロード㉒〜悲しみと失望と絶望と。最後までやり抜く覚悟。 〜

年下彼氏・年下夫のこと

年上妻と年下夫。別居から幸せへのデス・ロード㉒〜悲しみと失望と絶望と。最後までやり抜く覚悟。 〜

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一水みゆき

こんばんは〜。心理デザインカウンセラー・
コンサルタントの、一水みゆきです。

初めて開催しようと思ったお茶会はお申し込みがなかったので
不発に終わりました〜(笑)
前の私なら無価値感にまみれて私なんてどうせ…と闇堕ちしていたことでしょう。

でも今の私は一皮ずる剥けたんで違います!
そもそも告知遅すぎ!告知しなさすぎ!
ターゲット狭めすぎたかな?

そんな諸々を反省しつつ、次回はもっと
違う形にしようと思っています。
めげずに開催するど!でも年内忙しいから来年かも。

なんにせよシングルマザーになる私を応援するべく
今度ともよろしくお願いいたします!

さて、前回の続きです。

夫はきっとわかってくれるだろうと、養育費や離婚後の取り決めに
期待を抱きながら話し合いに向かう私。

マンションのロビーで話をしようとするのですが、いつも下校した小学生が
宿題や雑談をしている人が多くて、話ができない…。

仕方がないので、マンションの庭のベンチで話し始めます。
マスクをして表情はあまり良く見えないのですが、覇気のない顔。
私が結婚した人はこんな人だっけ?誰やろ、これ。

そう思うほど、夫は変わってしまったなぁ。
私もいろんな意味で変わってしまったから、仕方がないのかもしれない。
そんな気持ちを抱きながら、話をしました。

養育費は規定より少し多めに欲しいから、前回言ってくれた金額で良いこと。
養育費の算定表に大学費用は含まれていないから、費用は半分負担して欲しいこと。
大学なのか、専門学校なのか。公立?私立?文系?理系?

息子が18歳になった時、どんな進路を選ぶかはわからないけれど。
私立理系を想定した金額を貯めておいて、半分づつにしましょうと。

きっとこれなら受け入れられる、無理のない金額だ。
頭に花が咲いていたのでしょうか?本当にそう思っていた私。
だから夫の口から出た言葉に、私は「え?」となったのです。

「大学の費用も払わないといけないの?」

そうか。養育費の算定表の定義を知らないんだな。
そう思ってまた丁寧に説明する私。
だから養育費と高校卒業後の学費は別なんだよ、と。

奨学金もあるけれど、あれはただの借金。
世の中に出た時に、最初から借金を背負うのは大変なんだと。
だから息子が自由に自分の選んだ道を選択できるように。

それが親として、息子にしてやりたいことだから。
想定しているのは一番高額な費用だけれど、そうじゃない場合は
自分の資産として扱えるし、今後貯めていけばいいよねって。

でも、それでも。
「本当に含まれてないの?」
「そもそも私の手取りも本当にその金額なの?」
「奨学金借りたらなんでダメなの?」

その言葉を聞いた時、私の中で失望の波が高波のように押し寄せました。

なんで?

自分の都合で離婚したいと言って。

家を勝手に出て。

戻ってきて欲しいと言っても戻ってこなくて。

一度も週末一緒に過ごして試してみるとか、そんな努力もせず。

ただ離婚したいと自分の主張だけ押し付けて。

なんの罪もない、親の離婚に何も関係のない。

息子の将来の幸せのためのお金を出し渋るの?

私には心底理解できませんでした。

どんなに苦しくても、私の老後の貯金が減ったとしても。

息子の選択肢を狭めたくない。

息子が希望するなら、なるべく叶えてあげたい。

我慢でも犠牲でもないです。

それだけ息子のことが大切だから。

それだけ息子を愛しているから。

息子が幸せそうにしているのをみるのが私の幸せでもあるから。

もちろん自分の幸せを蔑ろにしよう、なんて思ってません。

でもいざとなれば自分の息子のためなら代わりに死んでもいい。

そう思えるぐらい、私にとっては大切な存在。

だからどうしても、夫の発言が理解できませんでした。
できない理由を探して。漠然とした不安があるから払えない。
自分の将来が不安だから。そればかり。

離婚しても息子のことは大切に思ってくれているだろう。
それは私の勝手な思い込みでした。
息子のことより、自分の不安の方に目がいっている状態でした。

失望。絶望。

怒りも湧いてこず、悲しい気持ちでいっぱいでした。
私のことはもういい。

でも息子のことを大切に思って育てていたのは一緒だと思っていた。
家を出て行っても、それは変わらないと思っていた。
なのに、違うんだね。

やっぱり、全然同じ方向を向いて生きていないんだな。
あぁ。だから離婚しようと思ったんだもんね。私。

もう勝手に家を出て行ったからお金払え!とかそんなんじゃなくて。
ただ息子と2人で生きていくために。
我慢しないで生活できるように、育てたかっただけ。

でももう頑張って私が稼ぐぜ!みたいなのはしたくない。
もちろん私もやるべきことはやるけれど、ただ助けて欲しかった。
一緒に暮らして育てていけないなら、お金で助けて欲しかった。

ただそれだけなのに。
どうしてこんなにも話が通じないんだろう。
怒りも湧いてきましたが、ただただ。

悲しい。
失望。
絶望。

深い悲しみの谷底に、私は落ちていきました。
落ちるところまで落ちて。
深く深く見つめてみました。

そうか。

私はまた試されている。

私の幸せのために、後悔することなく最後までやり抜くという
覚悟が必要なんだな。

神様は私にまだまだ課題を与えるんだね。
残酷だな。

でもやるしかない。
そう思って再び腹を括りました。

もちろんいろんな人に愚痴ったし、頼ったし。
でも自己肯定感が上がってきたから?
落ちるのも深く落ちるけれど、回復するのが早くなってきたんです。

あともう一回だけ話をして、それがダメなら調停だな。
そう覚悟したのでした…。

そしてこの日から数日後。
カウンセラーの勉強として、シークレットセミナーに参加した時。
また気づきがあったのです。

とある相談文に対して参加したカウンセラーが見解を述べるという形式。
詳細は書けませんが、カウンセラー皆がその相談に対して方法は違えど、
自立するアプローチを提案していました。

私も方法は違えど、自立する方向で考えていました。
ところが師匠である根本氏の見解は違っていました。

「この人に自立させるのが、果たして正しいの?それができる人なの?」
という問いかけに私はハッとしたのです。

そのハードルが乗り越えられる人なのか?
ちゃんとその人自身を見てあげないといけない。
乗り越えられないハードルを与えた結果。

できませんでしたって挫折感を味わわせるだけじゃない?

私は血反吐を吐きながら、もがき苦しみながら自分と向き合うのが“普通”だと思っていました。
そうしたいから、カウンセリングに来るんだろうと。
でもそうじゃなかったんだ。

自分ができるから、自分を基準にして考えてしまう。
あぁ、大事なことを学んだな。
クライアントさまに対して、ハードル高かったかもしれない。

そう反省した時。

「あれ?」

私の中に、電気が走りました。
電気が通って、電灯が明るくなったように。
私の頭の中で、繋がったことがありました。

そっかぁ。
うちの夫はできないんやなぁって。
当たり前かもしれないけど、改めて気づいたんです。

無意識ってのは恐ろしくて。
私ができるんだから、あなたもできるよね?
という前提で思ってしまうんです。

大事なことはその人のことを良くみること。
それは本当にその人はできるのか?ということを。

そもそも息子のためなら、犠牲でも我慢でもなく当たり前のように考えられる私。
でも夫は違うんだ。

もちろん息子が可愛くないわけでじゃない。
でも夫の今の自分への自信のなさ、自己肯定感の低さが。
自信がないから、「払うぜ!」と言えない。邪魔をしてるんだって。

勝手に期待していたけれど、そもそもそんな風にできないんだ。
だってそれができているなら、こんな離婚騒ぎになってないわけで…。

なーんだ。

勝手に自分と同じような覚悟があると期待して。

できないと知ったら絶望して。

1人コントやな。

そう思ったら、なんだかおかしくなってきて。
人生って一人芝居のコントみたいやなぁ。

そっか〜、しょうがないよね。
できない人に、やってよっていうほど酷なことないもんね。
私はできるって思ってるけど、本人はできないって思ってる。

でももしかしたら、息子が18歳になる頃にはできるようになってるかもしれない。
それを信頼するしかないな、そう思いました。

続く。


一水みゆき

一水みゆき

デザイナー歴19年、心理デザインカウンセラー。【根本裕幸氏お弟子3期卒業生】年下夫と別居中。3歳男児の母。

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