年上妻と年下夫。別居から幸せへのデス・ロード⑫ 〜きっかけは離婚届。そして自分の幸せのために決意する。〜

年下彼氏・年下夫のこと

年上妻と年下夫。別居から幸せへのデス・ロード⑫ 〜きっかけは離婚届。そして自分の幸せのために決意する。〜

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一水みゆき

こんばんは~。心理デザインカウンセラー・コンサルタントの、一水みゆきです。

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冒頭から見事なステマ!(笑)

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さて、前回の続きです。

ヤタカウンセラーのカウンセリングを受けた後。
わたしはかなり落ち着いてきていました。
今までの怒りや、苦しみ、しんどさが嘘のように。
穏やかな、凪のような心。

そしてこの時の日記にはこう記していました。

もういいかな。

わたし十分頑張ったよ。
だから離婚してあげよう?

それがわたしのできること。

わたしが見捨てたら、夫は不幸なままだ。
これってとても失礼だよなぁ。

家を突然出ていかれて、それでもずっと1人で頑張ってきた。
でもそれも届かないなら、もういいやん。

わたし頑張ったもん。

自分のこと大切にしたい。

だからわたしのために別れよう。

自分のことは自分にしかなんとかできない。
わたしが夫をなんとかしようなんて、所詮無理なこと。
あとは夫を信頼して任せよう。

たくさん頑張ったね、わたし。

そう日記に書いた後、またまたわたしの心を揺さぶる出来事が起こります。

いつも通り月末に息子に会いにきた夫。
先日の話し合いの後、初めて会う日。
何事もなく1日が終わり、夫が帰ろうとするその時。

いつも背負っている黒いリュックの中から、遠慮がちにクリアファイルに
入った書類を出そうとしていました。
ふと目を向けると、記入された離婚届でした。

「何もしないって言ったから、自分で用意した」
そう言ってわたしの目を見ないで、うつむきながら言う夫。

「あのさ、条件とか何も決めてないのにハンコ押せるわけないでしょ?」
「離婚するなら養育費とか色々決めなあかんやん?公正文書も作らなあかんやん?」
責めようと思ったわけではないけど、思わず口から出た言葉。

わたしは驚きました。
いやいや、順番が逆だろ?
そんなことわたしに言われないとわからないの????
この時は心底呆れたのと、少しだけ怒りが湧きました。

先に条件を話し合いましょう。
日程調整はまた連絡をくれるように夫に伝え、その日夫は帰りました。

夫が帰った後、わたしはまた感情を揺さぶられてる自分に気がつきました。

こともあろうに、まだわたしは
「離婚したくないよ〜」と思ってしまったんです。

前回の日記に書いたの、嘘かよ(笑)
自分で自分にツッコミを入れます。
もはや1人コント状態。

そして息子と一緒にベッドに入った後。
すやすや眠る息子の横で、また泣いていたんです。
どんだけ泣くねん、わたし。

でもたくさん泣いて。
また感情をたくさん出していました。

どうしていつもわたしは好きな人に愛されないの?
 
どうしていつもわたしは好きな人に大事にされないの?
 
もう嫌だよ。
 
わたしだって幸せになりたい。
 
神様助けて。
 
わたしは1人じゃ何もできない。
 
わたしは弱い。
 
もう頑張れない。
 
誰か助けて。
 
しんどいよ。
 
いつまで向き合えばいいの?

こんな気持ちを感じながらずっと泣いていたわたし。
そしてたくさん泣いたあとはスッキリして。

またまた友人、カウンセラー仲間、ヤタさんに泣きつきます。
「もうやだ、しんどいよ〜」泣き言を言って泣きつきます。

そして色んな人からまた励ましの言葉という、形の愛を
たくさん受け取ったのでした。

そして翌朝わたしの顔はお岩さんのように腫れ上がるという(笑)

テレワーク、万歳。

そしてしばらくした後に、わたしの心に決定的な変化が起こります。

もう待つのは限界だな。

わたしはもう人のために、人を助けるためだけに生きるのは嫌。

自分を幸せにするために生きるの。

わたしが思う夫婦はどんな事があっても手を取り合い。
お互いに話し合って、乗り越えられる関係がいい。
それができない人と一緒にいられたとしても。
きっとまた同じ問題が起こるよね。

わたしはちゃんと向き合える人がいい。
好きだけど、もういいや。

わたしはわたしの幸せのために生きる。
夫が家を出て行ったこの1年と10ヶ月はとても辛かった。
でもそれを超えるほどのたくさんのものをもらった。

だから恨んでないし、感謝しかない。

わたしもうたくさん頑張った。
だからもういいんだ。
自分の幸せのために、生きるんだ。

わたしは心の底から、自分の幸せのために
『夫と別れよう』
そうコミットメントできた瞬間でした。

わたしはとうとうずっと問いかけられていた質問
「あなたはどうしたいの?」
その問いかけの答えをやっと出せたのでした。

腹を括った瞬間。

とてつもなく心が楽になったことを今でも覚えています。

生まれ変わるってどんな気持ちだろう?
苦しみから抜けるってどんな感じなんだろう?
そう思っていた私。

苦しんで悩み抜いた先に、ふと訪れた瞬間でした。
不思議。

なんでこんなに楽になったんだろう。
そう思ってしまうくらいに。

ママ友に伝えた時、少し涙声になったけれど。
伝えた瞬間スッキリしました。

友達やカウンセラー仲間に伝えたときもなんだか爽やかで。
伝えるたびに、あぁ私離婚するんだな。
そう思ったんです。

それからの私は友人と息子と淡路島に旅行に行ったり。
恐竜展に行ったり。たくさん出かけて楽しんでいました。

その夜、家に泊まった私の友人といろいろ話をしていました。
私に自分が購入したマンションを貸してくれている親友。
今の家には訳あって1人で住めなかった彼女。

でも多分もう、大丈夫なんだろうな。
実家が騒がしくてしんどいと最近よく聞いていた私。
離婚の決意もしたし、そろそろこの家を出ることを考えていました。

そう伝えると。

まだ住んでていいよ。もし期限を切るとしたらあと2年くらいかな?
そう言ってくれたのです。

本当にありがたい申し出でした。
その間に現金を貯めて、引っ越しに備えればいいんですから。
私は本当に周りの人に恵まれているなぁ。

感謝の気持ちでいっぱいでした。
猫たちもいるので賃貸でそこそこの家を探そうと思うと
時間もかかる。お金もたくさんいる。
少しあった不安材料が消えて。
私に時間と心の余裕もできたのでした。

思えば私の気持ちが固まるまで別居できたのも。
金銭面で問題なく今まで別居できたのも。
この友人が格安で家を貸してくれたから。

私にこんなにも助けてくれる人がいる。
心配してくれる人がいる。

あぁ、なんて幸せな事だろう。
感謝の気持ちでいっぱいでした。

続く。

 


一水みゆき

一水みゆき

デザイナー歴19年、心理デザインカウンセラー。【根本裕幸氏お弟子3期卒業生】年下夫と別居中。3歳男児の母。

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