年上妻と年下夫。出会いから別居へのデス・ロード⑬ 〜家庭内別居は辛いよ〜

年下彼氏・年下夫のこと

年上妻と年下夫。出会いから別居へのデス・ロード⑬ 〜家庭内別居は辛いよ〜

こんばんは、ごきげんよう。一水みゆきです。
前回からちょっと間が空きましたが、続きになります。。
早く続きをかけよ!オラ〜〜〜!

と心の中で叫んでいた方もいらっしゃるかもしれませんが(え?いない?)
お待たせした分頑張りました(笑)
今から考えると、誰やねんこれっていうくらい別人だな〜と思います。

でもそのくらい傷ついたし、ショックだったし、苦しかった。
そりゃそうだよな〜、としみじみ思います。
こんなわたしでも元気になれたんだから、あなたも大丈夫ですよ!

地獄の家庭内別居

そして次の日から一緒に住んでいるのに、苦しくて辛い
家庭内別居生活が始まりました。

私が話しかけても、目も合わせず。
下を向いて話をする夫。
声にも元気がなくて、小さなか細い声で返事をする。

わたしもなるべく一人にしたほうがいいと思い、
会話も必要最低限。
息子が寝た後は、友達に電話したり、漫画喫茶へ行ったり。

一人でスタバに行ったり。
もちろん夫のためでもありましたが、わたしもしんどかった。
一緒にいるのが苦しくて、辛い。

あんなに毎日幸せだったのに。
あんなに、息子を可愛いね、大好きだね。
そう言い合って、一緒に子育てをして。

そんな日々が、遠い昔のように。
もしかして今のこの状態は夢なのかもしれない。
そう思ってしまうほど、現実感がなくて。

でも、目の前には暗くて、元気がなく、話をしない夫。
夜も息子と同じ別室で寝るようになりました。
(当時は子供部屋に、息子は一人で寝ていました。)

広いダブルベットに一人で、寝ていました。
救われたのは、季節柄もあり毎日猫ちゃんが一緒に
お布団に入って、温もりをくれたこと。

ふわふわの、猫の毛と、やわらかい体に癒されたのでした。

夫と話をしても事務的なことばかり。
仕事をしている時の方が楽でした。
でも、仕事仲間には気がつかれないくらい私は普通にしていました。

だってわたしは一人じゃない。
息子のためにも強くあらねば。
そんな気持ちもあったのかもしれません。

そして、これ以上傷つかないように感情の蓋を重ね。
いろいろなものを感じないように、心を閉じ込めていたのでした。
そうしないと、わたしは生活ができなかったから。

わたしは夫に本音を告げられてから、一度も泣いていませんでした。
呆然として、これが現実だと受け止められなくて。
わたしが頑張って変わるしかない!

また抱きたいと思ってもらえるように痩せて、魅力的になろう。
わたしが頑張らなくちゃ!わたしが変わらなくちゃ!
この時も、わたしは頑張ることで認められようとしていたのでした。

お出かけすると、見える現実

休日も息子が水族館に行きたいと行っていたので
行きました。だめもとで夫を誘ってみましたが断られ。
家族連れを見るたびに、辛くて、苦しくて。

どうして、みんな楽しそうなのに。
私は息子と2人きりなんだろう。

階段しかない場所に行きたくて、ベビーカーを持ち上げる。
重たいベビーカーを抱えて、1段1段ゆっくりとあがる。
私一人には息子と、ベビーカーの重さは重すぎて。

重たいな。

誰か手伝って欲しいな。

でも一人だもんな。

しょーがないか。

なんだか心にぽっかりと穴が空いて。
ぼーっと家族づれを見ていました。
男の子が、お父さんに肩車をされてイルカショーを見ていました。

お父さんの大きな肩で、楽しそうにはしゃぐ男の子。
お父さんも楽しそうにはしゃぐ子供をみて、笑顔になる。
イルカさん、すごいね〜。と会話する親子。

その姿を見て、この当たり前の光景が。
私と息子にとっては遥か遠くに、なってしまったことを実感して。

私のせいで息子に寂しい思いをさせている。

そんな罪悪感が私の中に植え付けられたのでした。

そんな私をよそに、動物大好きな息子は楽しそうにしていました。
「ママ〜、亀さん大きいね!」
そうやって満面の笑顔をわたしに向けてくれる。
その存在に、どれだけ救われたかわかりませんでした。

この後夫が出て行くまでに、そんなに時間はかかりませんでした…。

続く。

さよなら さよなら さよなら

また明日

一水みゆきでした。
 


 


変わりたいあなたのためのカウンセリング。問題解決へのプロセスをデザインします。

一水みゆき

一水みゆき

デザイナー歴19年、心理デザインカウンセラー。【根本裕幸氏お弟子3期卒業生】年下夫と別居中。3歳男児の母。

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