なぜか頼れるお父さんと言われる心理デザインカウンセラーの一水みゆきです。
他人と比べるのをやめたい時はどうして比べるのか、 原因や思い込みを探ってみよう。
こんばんは〜。心理デザインカウンセラー・
コンサルタントの、一水みゆきです。
今日はココロノマルシェに回答します!
※ココロノマルシェとは、根本裕幸の「お弟子さん制度」
を卒業したカウンセラーがあなたの相談にお答えするページです。
今回のご相談は、こちらです。
他者と比べるのをやめたい
相談者:うみうしさん
初めての投稿になります。よろしくおねがいいたします。
私は自己肯定感が低いです。
何かにつけて人と自分を比べた考え方をしていることに気づきました。
「人は人、自分は自分」「自分と他人は違うんだから比べても意味がない」
どれだけ頭でわかっていても、癖のように考えてしまいます。
そんな考え方につかれました。自分で自分を愛して余裕のある
人間になりたいです。そのために、私の環境や状況をどのようにとらえたらいいのか、どのように考えたらいいのか、ヒントをいただきたいです。
<私の環境、状況>———-
「明日世界が滅びるとして、最後の時間を共に過ごす相手に私を
選んでくれる人はいないだろう」こんな考え方をよくします。
要するに私は誰にとっての特別でもない、と思っています。この「誰」の中に両親は含みません。両親からの絶対的な愛情を
私は確信しています。ですが、親から愛情を注がれることは当たり前
だとも思っています。
そうでない方がいらっしゃることは十分承知していますが、「私」
には当たり前なのです。なので、それ以外の誰かの特別になりたい。
なれていない自分は空しい。そう感じています。この感情に気づいたきっかけは、ある憧れの人への執着でした。
その方は前述の「明日世界が~」という私の嘆きに対して
「俺の世界には必要だけどな、〇〇という存在が」と言ってくれた人でした。今にして思えばその言葉に救われたと同時に「この人なら受け入れてくれるかも」という勝手な期待を抱いたのかもしれません。
その方と2人きりで話したり遊んだりできる時間が私には特別で
うれしいものでした。ただその方には、私より親しい人、懇意にしている人、
付き合いの長い人がたくさんいます。なので2人きり以外の場面では彼はほかの人と楽しそうに話しているし、
行動を共にします。そういうのを見て
「あの人には話しかけるのに何で私には話しかけてくれないの?」
「私にはこんな雑な対応するのに、あの人にはとても丁寧。大切にしてる」
そんなことばっかりです。その方にも当然関わる相手を選ぶ権利があるし好みもある。
それは分かっているのにどうしても比べてしまうし、見えている「特別」
になれていない自分がとても悔しい。考え方は分かっているのに
心に落とし込めていない、この状況が苦しいです。また、自己肯定感が低い人は幼少期の環境に原因がある、というお話を
よく見かけたので、自分の幼少期について考え分析してみました。
母が言うには、弟が生まれたころにいわゆる赤ちゃん返りをしたと
いうことでした。全く自覚はないのですが、「母親を取られた」という気持ちが
私に起こったのかもしれません。小学生の頃は自分について回る弟を疎ましく感じていた部分がありました。
あまり努力しなくてもそれなりの結果が出せる私に対して、弟は小さいころ
あまり出来が良くありませんでした。また、何かと家族に心配や迷惑をかけることがあり、私にとっては「信じられない」「なんでそうできる?」ということも多々ありました。
そんな弟も今では二児の父。初孫を前に両親はデレデレです。
さんざん迷惑をかけてきた弟が何のお咎めもなしで、今では一人前面
しているのがどうにも受け入れきれないのです。
両親の中で子供は平等です。ですがその平等が納得できないと、
心のどこかで思ってしまう。<お聞きしたいこと>———-
自己肯定感が低いという一方で、私は弟に比べて自分のほうが優れている
と考えている部分があります。
前述の憧れの方に対しても「あの人より私のほうが美人なのに」
「あの人より私のほうがスタイルがいいのに」と、心のどこかで思っています。やはり誰かと自分を比較しているのですが、比較したうえに相手を
見下している節もあり、自己肯定感が高いのか低いのか自分が
わからなくなってしまいました。こういう悩みを抱えている時、「どういう考え方をしたらいいか」
という論理?は理解しているつもりです。
ですがどうしてもそれを自分に浸透させることができない。
どうしたらそう言った考え方を身につけることができるのでしょうか。長文になり、要点もうまく伝えられたかわかりませんが、
アドバイスいただけますと幸いです。
うみうしさんこんばんは!今回は人と比べるのをやめたいという
ご相談に回答させていただきますね!
まずうみうしさんのご相談文を読んですごく思ったのが、ものすごく
頭の良い方だなって思ったんですね。自分の状況とか環境とか、わかりやすく
まとめておられるし、自分がどういうふうに感じているのか、
その感情も分析されてらっしゃっています。
人と比べないようにするにはどうしたらいいか、という方法も頭ではわかってるん
だけど、心に落とし込めてないっていうところまで!ちゃんと自分で分析できてる
っていうのが凄いなぁと思うんですね。
要点はね、すごく上手くまとめられてて分かりやすいし、必要な情報も
ほとんど書かれているので、まずは自分が普通の人よりめっちゃできるんやで
っていうことは、再度確認してもらえればと思います(^^)
ええまず、人と比べるのをやめたいということなんですけど。
まあ感情が理解しないと、頭でわかってても納得できないっていうのはこれ本当で。
例えば何かあって怒っちゃうんだけど、こんなことで怒んなくていいじゃん!
って思うんだけど怒っちゃう時ってありません?
そういう時って、自分の感情が納得しないんですよ。
そういう状態の時に理屈や理論的な考えで、いやいやこんなことで
怒るのは 大人げないだろうっていくら思っても感情の方が、
嫌だ嫌だ!だってムカつくもん!ていうふうになっちゃうので
やっぱり納得はできないんですね。そういう時は、
「あー私怒ってるのね、そうだよねむかつくよね!
怒ってもしゃーないやん!ムカついてよし!!」
こんな感じで受け入れる、共感する。
まあ他人でも自分でも一緒なんですけどまずそれをやって
感情を押さえるんじゃなくて、受け入れてあげる。
そうすると納得しやすいっていうのがあるんですね。
で、うみうしさんの場合なんですけど、じゃあそれどうやるねん!
ということで、ここからお伝えしていきたいと思います。
私は《特別》っていうのがキーワードかなって思ったんですね。
両親からの絶対的な愛情を私は確信しています、とあります。
いやもうこれは素晴らしいですよね、まあ当たり前って思ってらっしゃるぐらい
自分は愛されていたんだ!そういうことを思えるっていうのがすごく素敵。
ただその気持ちとは別に、平等に両親から愛されたことは納得できないっていう
お気持ち、感情面があるんですね。 うみうしさんの《人と比べる》っていうのは
私は特別になりたいっていう、欲求から来ていると思うんですね。
じゃあなんでこの欲求があるのかって考えると、私は両親に愛されたけど
両親の特別じゃなかった。←ここなんじゃないかなって思ったんですね。
で、なんでやろそれ?なんで両親の特別じゃないとあかんの?
多分カウンセリングならお聞きするんですけど。
それって多分、弟さんが生まれたこととも関係あるんじゃないかなって思います。
うみうしさんの中に、私はだれの特別にもなれないという思い込み。
これ心理学で言うと観念・ビリーフっていうんですけど。
そういうものがあるんじゃないかな?って私思ったんですね。
私は誰の特別にもなれない。それはどんなに優秀でもという前置きがついてるんです。
それはたぶん弟さんの、見え方とリンクしてるんじゃないかなって思うんですよね。
私は特別になれない。私は優秀でも誰の特別にもなれない。
そう思っていることに対して、その理由を探すんですね。
それが他人と比べるってことなんだろうな〜って感じました。
だから人と比べるんですね。
私は優秀なのに、誰の特別にもなれない。
だからその特別になれない理由は比べる必要があるんです。
あの人より私は美人、あの人より私のほうがスタイルがいい。
これって私の方が美人なのに、私は特別になれない。
私は〇〇なのに 特別になれないの、〇〇を探す。
これがちょっとほんとかよって思っちゃうと思うんですけど、ひとまず
私は優秀なのに、誰の特別にはなれない。私そう信じてるんだなと思ってください。
でそう思ってることのメリットってなにか?
最初からそう思ってると、傷つかずに済むんですよ。
私こんなに人より優秀なのに、特別になれなかったら傷付くじゃないですか?
だから最初から私は優秀でも、どうせ誰の特別にもなれない。
こう最初から思ってた、 傷つく具合が減るんですよ。
じゃあこの想いを持っていることのデメリットは、どんなに努力して優秀に
なっても特別になれないんですよ。
どっちが良いと思います?まあ普通に考えたらこんな思いは持たないほうが
いいと思いますよね。
じゃあこの気持ちが消えたら、あなたはどんな風に感じますか?
ということなんですね。ちょっとこのセリフを言ってみてください。
私は優秀じゃなくても、誰かの特別になれる。
この台詞を言った時にどんな感情がありますか?
嬉しい?幸せな気分になります?むかつく?なんかイラッとする?
どんな感じですか?
私はなんとなく、嫌な感情を抱かれるんじゃないかなって思ったんですよ。
違ってたらごめんなさい。あくまで私の想像なんですけれど。
なんでかっていうと、これ弟さんなんですよ。
別に頑張らなくても、優秀じゃなくても、お父さんとお母さんに愛される。
両親に迷惑をかけてきたのに、初孫を連れてきて両親はデレデレして喜んでいる。
なんで迷惑をかけない、良い子で、こんなに優秀だった私より、
なんで弟が愛されてるの?なんで弟は特別なの?
そんなふうに思ってるんじゃないかなぁって思ったんですよね。
だからここの想いをしっかり受け止めて、そうだよねってしてあげないと
多分この比べるっていうのは解消するのがしんどいんじゃないかなと思いました。
私はお父さんとお母さんの特別になりたかったんだ!
でもそれってね、そのぐらい両親が大好きで、特別と思ってほしい。
迷惑をかけたくないし、良い子で優秀な私を見て喜んでほしい。
そんな気持ちがあったんじゃないでしょうか?想像なんですけど。
それはご両親への大きな愛なんですよね。
そしてそう思えるくらい、ご両親はうみうしさんを愛してくれたんですよね。
そんなうみうしさんをご両親はちゃんとわかってらっしゃると思うんです。
だからうみうしさんはそう思えないかもしれないけれど、ご両親にとっては
特別な、自慢の娘なんだと思うんです。それを受け取るためには、ご両親が
自分にしてくれたこと、愛してくれたと思う証拠を探してみると良いかもしれません。
あともう一つあって、それは自分自身にもこの観念の呪いをかけてるんじゃないかな?
私は優秀なのに、誰の特別にもなれない。
=私は優秀じゃないとだめなんだよ、特別になれないから。
自分自身にも 、それを強制しているんですね。
私特別になりたいんでしょ?だったらさあ、優れていないとだめじゃん。
アンタはずっと優秀でい続けないととダメなんだよって。
ずっと自分にムチ打ってるんです。それってめっちゃくちゃしんどくないですか?
ありのままの自分で愛されたいと思いません?
優秀じゃなくても、こんな風に人と比べて見下しちゃうっていう自分も。
そんな自分でも愛されたいと思いません?
逆に優秀じゃない私って、どう思います?
何でダメなんですかね?もしかしたら自分を優秀にするための努力を
しなくなるのは なんか怖い。
だって優秀じゃない私が、愛される保証なんてどこにもないじゃん?
だったら愛されるために私は優秀でいないといけない。
みたいに思ってませんかね?
それも自分自身を苦しめてる、気持ちなのかなって思うんですね。
だからこれを手放すには、自分はどっちでも選べるっていうことを気づいて
それを選択することなんです。
私は優秀でいても良いし、優秀じゃなくても良い。
どっちでもいいんだって。だって私どっちでも愛されるから。
そう思ったら選べるんですよ。
優秀じゃなくてもいい自分 、優秀な自分。どっちの自分も受け入れる。
これは弱い自分を受け入れることでもあるんですね。
本当に強い人、いわゆる自己肯定感の高い人は、弱い自分さえも認めて受け入れられる。
うみうしさんは、それができる人だと私は思ったんですね。
このアファメーションをちょっと呟いて欲しいなって思うんです。
アファメーションは肯定的自己暗示と言って、無意識の思い込みを
書き換えてくれる、魔法の呪文なんですね。
「私は優秀じゃなくても、優秀でも誰かの特別になれる」
これを 毎日つぶやいて、自分の無意識のこの無意識の思い込み、観念を
解放してほしいなあと思います。
少しでも心が楽になれば、嬉しく思います。
さよなら さよなら さよなら また明日。
心理デザインカウンセラーの、一水みゆきでした。
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さよなら さよなら さよなら また明日。
心理デザインカウンセラーの、一水みゆきでした。
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